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60年
草野心平と棟方志功が
国立市富士見通りを共に描いた
「天地氤氳」てんちいんうん
が発表されてから今年で
60周年を迎えます
1961年(昭和36年)3月から1963年10月までの短い期間に詩人 草野心平は国立市(当時は国立町)中1丁目に住んでいました。1964年親友の棟方志功と共同で富士山を題材とした詩画集を作ることを企画し志功に正式に依頼します。
1965年当時世界的に評価され多忙を極めていた板画家 棟方志功はアメリカでの巡回展示会に同行し各地で講演を行いながら作品を紹介する旅に向かう直前に草野心平から詩画集の原稿を託されます。
詩集を受け取りアメリカへ旅立った志功は遠く異国の地で詩を読みながら板画を彫り上げていきます。
4ヶ月に及ぶ長旅から帰国した志功は心平の詩に合せて刷られた作品と目次等装丁に使う小片や落款等を加えて六曲一双の屏風に仕立て「富嶽頌」として日本橋白木屋デパートで発表します。
翌1966年(昭和41年)心平の詩と志功の板画を豪華本に纏めた詩画集「富士山」が発行されました。
この本はアメリカでの販売も計画されていたので左右どちらからでも開ける両面表紙に装丁されています。
そのほぼ中央に国立市の富士見通りを描いた作品「天地氤氳」が掲載されています。
それはまるで心平と志功が本の中での握手しているかのように
日課にしている飲み屋通いに夕暮れの富士見通りを歩く草野心平を手前下方に描き上方には雄大な富士山のシルエットがガッと迫ってきます。
棟方志功が心平の姿を思いながら楽しげに彫刻刀を振るう姿が見えるようです。
後年、病床の志功のもとに鎌倉の棟方志功美術館に飾る詩を携えて心平が見舞いに行きます
この時が二人の今生の別れでした
贈られた詩が「わだばゴッホになる」です。
共に文化勲章を受章した昭和を代表する
二人の偉大な芸術家が愛した
国立市富士見通り
今も変わず富士山が「ガッ」と見えます

